「HSP」とは
同じ言葉でも気にも留めない人がいれば、強く動揺する人もいます。そのような、刺激に対する処理と情動的な反応の個人差のことを「感覚処理感受性」と呼び、HSP(Highly Sensitive Person)とは、この「感覚処理感受性」が高い人々のことをいいます。
エイレン・N・アーロン博士は、自身の敏感さに苦労した経験から、1991年に感覚処理感受性の研究をはじめ、1996年に出版した著書「Highly Sensitive Person」の中で、HSPについて提唱しました。この著書は、アメリカでベストセラーとなり、多くの人々に影響を与えました。
自身の過敏さに悩む人は、「神経症的」とか「気難しい」と言われ、生きづらさを感じてきたのではないでしょうか。しかし、そのような性質は、様々な利点があることもわかっています。
私もHSPの特徴を持つ1人ですが、正確に理解をすることで生きやすくなりました。HSPでよかったとも思えるほどです。HSPのことを知り、自分のことを知り、自信をもって、今後の生活を送っていただけたらと思います。
もしかして「HSP」?
次の項目に当てはまるかチェックしてみて下さい。少しでも当てはまる場合はYES、まったく当てはまらないかほとんど当てはまらない場合はNOとお答えください。
出典:2000年 講談社 Aron, E.N. The highly sensitive person. New York: Broadway Books 1997 富田香里(訳)『ささいなことに もすぐに「動揺」してしまうあなたへ』P16~19より引用
YESが多いほど、HSPの可能性が高いです。12個以上が目安となりますが、YESの数が少なくても、HSPの場合もあります。次に、HSPについての概要を知っていただき、基本から理解を深めていきましょう。
HSPの基本
生まれつきの特性
HSPの特徴をもつ人々は、人口の15~20%に見られ、生まれつきの正常な特性であるといわれています。
刺激に対する感受性が高い
最も基本的な特徴は、刺激に対する感受性の高さにあります。HSPではない人達が気にしない微妙な違いについて察知します。言わば、網目の違いのようなものです。普通の人が、「ザルから流れた刺激はスルーして、ザルに残った刺激だけをキャッチする」とすると、HSPのキャッチ能力は紙フィルター。小さいものも見逃しません。
この「刺激」は、光であったり、音であったり、身体の感覚であったり、いろいろなものが含まれます。例えば、カフェインに敏感な人が多く、カフェインを摂取した後に、心拍数があがるとか、頭痛が起こりやすいとか、覚醒しやすいといった傾向があります。
深く考える
多くの刺激をキャッチし、さらにそれぞれを深く考えます。いろいろなことに思いを巡らせ、一日中考え事をしていることもあるでしょう。特に、自分の中に浮かんできた「私が存在する意味とは」、「愛とは」、「死とは」といった、哲学的なことや抽象的なこと、さまざまな答えのない問いについてあれこれ考えます。
直感的である
右脳優位な割合が多く、空間認識、イメージ処理、身体感覚など、直感的思考に優れています。無意識的に刺激を吸収することもあるため、根拠はないままに、なぜだか「わかってしまう」ということがよく起こります。「勘が当たる」というのとは少し違い、理屈では説明できないけれども不思議と物事の本質を察知するといった「第六感」的な鋭さがあります。
共感力がある
相手の感情も敏感に感じ取ります。観察力に優れ、些細な仕草や表情などから感情の揺らぎを察知し、悲しみや苦しみに寄り添うことができます。また、「冷房が強すぎて温度が合っていないようだから調整しよう」といった、他者の不快感を感じ取り、改善するための行動できます。一方で、HSPの人は、相手を理解するだけでなく、感情移入しやすく、自分も同じ経験をして同じ感情を持っているような感覚になります。そのため、距離感を保つのは苦手です。
なぜ生きづらいのか
全ての人に個性があるのと同じように、HSPの特徴も、単なるニュートラルな特徴に過ぎないのですが、状況によって、ポジティブにもネガティブにも働くことがあるのです。直感力・観察力に優れ、それを深く考え、丁寧に処理をします。他人の気持ちに寄り添った行動を取ることができます。また、「居心地が悪い気がする」とか「不便である」と、自分の感覚も繊細に感じ取るので、それを指摘し、改善していく力があります。
では、どういったときに、生きづらさを感じるかと言えば、周りが気にしていない刺激に、ひどく動揺し、感情が高ぶり、自身をコントロールする力を失ったとき、「なぜ私は周りと違うのだろう」と、疎外感を抱いたり、自己肯定感を低下させたりするようです。
HSPの特徴を持たない人の割合が40%程度だと言われているため、少数派である私達は、世の中からズレているような感じがするのです。
HSPに必要な4段階のアプローチ
アーロン博士は、“HSPである自分と折り合いをつけて、よりよく生活していくためには次の四段階のアプローチが必要”だと述べています。その四段階のアプローチとは、“自己認識”、“リフレーミング”、“癒し”、“外の世界に出ても大丈夫だと思えるように。また外の世界に出るのを控えるべき時もあることを学ぶ”ことだと言います。それらについて、具体例や説明も交えながらお話していきます。
自己認識
私たちは、1つの側面だけでなく、いろいろな要素を持っています。HSPであることはその一部です。また、私たちを構成している要素は、それぞれプラスの面とマイナスの面を持っています。
HSPであることによって、どのような強みがあり、どのような弱みがあるのか、どんな状況で強みや弱みが表出しやすいのかを過去の出来事から整理をしてみましょう。そうして、HSPの特徴だとわかるパターンをつかめると、自分を責めずに「こういう特徴を持っているんだ」と中立的に捉えることができるようになります。
リフレーミング
私たちは、いろいろな出来事や経験を、そのまま事実通りに記憶しているわけではありません。自分の枠組みの中で、自分なりの解釈で捉えているのです。リフレーミングとは、その枠組みを変えていくことで、元々は家族療法の用語です。
学校や仕事、恋愛で、自分の神経が過敏であったことによって失敗したと感じていることはあるでしょうか。マイナスに捉えている出来事も、その一面だけではありません。過去を違う枠組みで捉え直してみましょう。例えば、こんなふうに。
小学生の時に不登校になった経験がありました。友達の輪から外れないようにと、必死に周りに合わせていましたが、些細な友人の言葉に動揺してしまった私は、傷つき、家にこもり、半年ほど学校に行かない期間があったのです。
その時は、弱くて臆病なダメな自分が引き起こした出来事だと考えていました。しかし、この出来事をリフレーミングすると、「つらい出来事を半年で乗り越え、このような経験があったからこそ人が傷つく気持ちがわかる」と考えることができます。
事実、誰かが、ひどく傷つき、落ち込んでいるときの気持ちは、実際に傷ついた経験のある人しかわからないものです。また、学校に行かない時期に、自宅で独学をしていた文学や音楽、芸術などが、今の自分にとって有益であったとも思います。どんな出来事にも、いろいろな側面があるものです。過去の経験を違った視点で捉え直してみましょう。
癒し
幼少期から、敏感な性質であったことにより、養育環境や学校環境などから、気づかないうちに、深く傷を負っている場合があります。これまでの研究から、感覚処理感受性の高さは、抑うつや不安の高さ、自己効力感の低さ、疎外感、ストレスの高さなどと関連があることわかっています。
生育歴を遡り、癒す作業をしていくことは、感情が大きく揺らぎ、動揺する経験であるでしょう。しかし、それに蓋をして生活していくことで、将来、抑うつや不安が高まることがあります。
過去の自分について、当時傷ついたことや、思い出すと苦しいことについて振り返ってみましょう。また、当時の自分の良さ、周りに与えていたことや周りからしてもらったことも具体的に思い出してみてください。
そのようなプロセスを、守られた場所で行えるので、セラピーを受けることも有益です。ただし、HSPについて深く理解していないセラピストも多いでしょう。HSPについての専門的な知識のあるセラピストやカウンセリングルームを探すことをおすすめします。
外の世界に出ても大丈夫だと思えるように。また外の世界に出るのを控えるべき時もあることを学ぶ
HSPは、「普通になる」ことを目指します。これは、「多数派のように振る舞い、多数派のように見せる」ということではありません。自分の特徴を受け入れ、「これが私にとっての普通だ」と思えると、生きやすくなります。
関わりすぎても、関わらなさすぎても、だめなのです。自分らしくいられるよう、バランスを取りながら、社会との接点は持つことを目指しましょう。HSPは、社会に役立ち、貢献できる、必要な存在であるからです。
また、今まで、周りの気持ちをこまやかに察知することで、周りの状況を優先してきたかもしれません。しかし、「なんとなく居心地がいい」という自分の感覚を大切にして生きることが、バランスを取って社会と関わるコツになります。
HSPと適職
HSPにとって、仕事の悩みは切実なものでしょう。なぜなら、膨大な仕事量や厳しいノルマ、昇進争いなど、日々さまざまな刺激にさらされる環境は、あまり得意としていないからです。そのため、適職を見つけることは、非常に重要な課題だと言えます。
実際、HSPの人が就いている職業はさまざまなで、一見、HSPにとっては苦手だと思われるような職業を選び、うまくやっている人もいます。同じ特徴を持つ人も感じ方や持っているスキル、適性はそれぞれ異なりますが、仕事探しのポイントについてお話していきます。
自分にとっての喜びと天職
自分自身にとっての喜びはなんでしょうか。つい集中してやっていることや、小さい時に好きだったことなどを思い出してみてください。それは、具体的な職種や企業にこだわらなくていいのです。自分が「ワクワク」することと世間のニーズを結びつけられれば、自然と天職を見つけられるでしょう。
自分に合った仕事がわからず悩んだら
HSPの人は、直感が優れるがゆえに、その直感の答えを探そうと、自分の思考の波におそわれ、迷走し、現実とかけ離れることがあります。そのため、感覚に従うと同時に、情報収集と仮説検証が必須です。自分の感覚に従うことと、外部からの情報を収集することは、対照的なように思われるかもしれませんが、その両方のプロセスが自分の基準を作る上でも大切です。
また、あなた自身にとっての「喜び」は、必ずしも「やりたいことを仕事にすること」であるとも限りません。やりたいことが見つからなくても「なんだか心地がいい」という環境を見つけられればいいのです。
環境に左右されやすいので、実際に現場に行ってみないとわからないこともあるでしょう。現実に根ざした情報を集め、実際に体験をして自分の感覚を検証することが、あなたの可能性を広げ、自分自身の喜びを見つける一助となります。
決断に迷ったら
HSPの人は、自分の中に浮かんできた問いにあれこれ考えます。仕事のような人生の岐路なら特にそうでしょう。「働く意味は」「この仕事でいいのだろうか」「もっと自分を活かせることがあるのでは」と思考にとらわれて、決断ができないことがあります。
迷った時の行動パターンを決めておくことや決断するスキルを身につけることもHSPにとって有益です。どれだけ自分の中を探しても、完全に一致するベストな選択というものはありません。
例えば、自分の中に浮かんできた選択肢を、まずは5~9(できればもっと少なく3~5程度がいい)に絞り、メリットとデメリットを整理してみてください。その中から優先順位をつけていくなどの方法があります。
HSPと芸術
豊富なアイディアと豊かな感性に恵まれ、デザイン関係や音楽関係、文筆家などクリエイティブな仕事に向く素質を持っています。もちろん、誰もが成せる業ではありません。強い意志と、長期的・継続的な努力があってこそ。世間の批判にさらされる時もあるでしょう。もしくは、関心を向けてすらもらえない時期もあるかもしれません。
厳しい世界であることは間違いありませんが、それを成し遂げられるのであれば、自分の感じたことを投影した作品が認められ、世間にメッセージを伝えられることは、何にも代え難い喜びがあります。
熱中できる分野や興味のある分野、あるいは小さいころから得意だったことなどがあれば、本格的に勉強してみると、才能が開花するかもしれません。
慎重さと正確さ
慎重で、ミスをしにくく、小さな間違いを見落とさない才能があります。緻密な仕事も丁寧に行うことができます。スピードやノルマよりも、質の高さが重視される環境で、納得できるまでじっくり向き合いコツコツできる作業であれば、やりがいを感じることができるでしょう。例えば、技術職や研究職などは、基本的に向いている人が多いようです。
組織とHSP
組織の中で仕事をする時、チームで問題解決に取り組み、その方針に従わなければならない場面が出てきます。チームで解決策を議論する際、何も言わなければやる気がないと思われ、自分のアイディアや発想に夢中になりすぎると周りとぎくしゃくし、適当に合わせると本質から目を背けているような気持ちになり、いずれにしろ、孤独感を味わうといった、ジレンマが起こります。
HSPの、本質を見抜く力や豊かな発想は、特別な才能です。特別な才能を持っているのであれば、孤独を感じることもあるでしょう。それは受け入れざるを得ないこともあります。
組織で働く上では、その才能を全て発揮しようとしなくてもいいのです。俯瞰して組織を観察し、いざというときに、その一部を利用します。才能の多くはもっと別のところで活かし、自分の才能を発揮できる天職とお金を稼ぐための仕事を別に考えることも解決策の1つです。
HSPと職場環境
環境に影響されやすいHSPにとって職場環境を重視することもポイントです。「お金を稼ぐための仕事」は、仕事内容よりも、ストレスなく仕事に集中できる環境を選び、割り切ることで、充実した社会生活を送れることもあります。
- 家からの通勤時間はどうか
- オフィス環境(清潔さや設備、動線)はどうか
- 制度(有給や育休など)はどうか
- 従業員数は多すぎたり少なすぎたりしないか
自分に合った条件を考えてみましょう。実際、私の場合は、人数が少なくアットホームな環境が合わずに苦労しました。3人の部署だったので、表には出ていませんでしたが、疎外感が顕著だったのです。
やってみて分かることもあるかもしれませんが、環境やオフィスの雰囲気は、ホームページや求人票からも読み取れるので検討しておくことをおすすめします。
HSPの社会的意義
HSPの特徴は人間だけでなく、すべての高等動物に一定の割合で含まれることが分かっています。アーロン博士は、「私の想像に過ぎないが」と、ことわった上で、次のように述べています。
種の中に、つねに微妙なサインを察知するものがいると便利だからではないだろうか。隠された危険や新しい食物、子供や病人のようす、他の動物の習慣などに対してつねに敏感なものが15~20%ほどいるのはちょうどいい比率かもしれない。HSPは飢えや寒さ、危険性、疲労、病気などに対してより敏感なので、これらの問題に対する解決法を編み出しやすいのではないだろうか。
(Aron, E.N. The highly sensitive person. New York: Broadway Books 1997 富田香里(訳)『ささいなことに もすぐに「動揺」してしまうあなたへ』)
この世界は、いろんなタイプの人がいることで成り立っています。時には、外向的で無邪気で鈍感力を有する人に助けられることもあるでしょう。逆に、敏感で繊細な人が役に立つ場面もあるのです。
歴史的に、HSPの特徴を持つ人がいたからこそ、いち早く環境の問題を察知し、より安全で便利な世の中になってきたのではないかと思います。
まとめ
- HSPは、「Highly Sensitive Person」のことで、感覚処理感受性が高い人のことを呼びます。
- HSPは、生まれつきの特性であり、刺激に対する敏感さ、思慮深さ、直感的思考、共感性の高さといった特徴があります。
- 周りが気にも留めない刺激に動揺し、コントロールがうまくいかない時、少数派であるHSPは生きづらさを感じることがあります。
- 自分を知ること、過去の経験を捉えなおすこと、傷を癒すこと、バランスを取りながら社会と接点を持つことが必要です。
- 仕事探しでは、自分の感覚に従うことと、現実に根差した情報収集の両方が大切です。自分の適性を見極めながら、職場環境を重視して選択をすることが充実した社会生活を送るポイントです。
- HSPは、社会に必要な存在です。